こんにちは、はるうなぎです。
長らくブログの更新が滞っておりまして申し訳ありません。
突然のご報告となってしまい恐縮ですが、年末ごろから「食欲が落ちたな…」と心配していた愛猫のうなが、1月8日に虹の橋へと旅立ちました。14歳と8か月でした。
ここに生前のご厚誼を深く感謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます。
ご報告が遅くなりましたことをお詫びいたします。
闘病らしい闘病もなくあっという間の出来事で、死因もわからないままのお別れでした。
かかりつけの獣医師の見立てでは、9月の血液検査の時よりも腎臓の数値が著しく悪化しているのとあわせて、眼振と四肢の麻痺の症状から脳腫瘍があったのではないかと。
脳腫瘍のほうは断定できないけど、可能性的にはという話でした。
そういうわけで、本当にわけもわからない状態で突如見送らなければならなくなり、ただただ悲しい、寂しいという気持ちばかりで、精神的にもかなり参っていました。
何をしても少しも楽しいと思えないし、何を見てもうなのことを思い出して泣いてしまうし、この行き場のない自責の念と喪失感を受け入れるには時間がかかるなと思ったので、気が済むまでゆっくりうなを悼み偲ぶことに専念していました。
数か月経ったいまも家の中のどこにもうながいないということにまだ慣れないですね。
ソファの上やいつもの猫ベッド、陽の当たる掃き出し窓の近くで姿を探してしまうけど、時間とともに意気消沈ぶりは少し落ち着いてきたように思います。
うながいなくなっても否応なく時間は進んでいくし、日常は続いていくし、愛猫はうなだけではなくナツやノアやチロやなぎもいるしで、いつまでも病んでいる場合ではないなと思えるくらいには回復してきた気がします。
行政書士試験の勉強も、傷心の今くらいはお休みしてもいいよね……なんて思いながらもそろそろ再開しなきゃな、とも思い始めてます。
実はまだね、仕事中にトイレでこっそり泣くこともあるけれども。
いつも隣にいてくれることは当たり前ではない。
わかっているつもりでいたけど、わかっていても寂しいものは寂しいし、どうしたって悲しいものは悲しいんだから、もう泣きたい時は泣くことにしてる。
わたしは寂しいんだ!悲しいんだ!って嘆いていても、残された4ニャンたちが悲しみに寄り添ってくれるなんて都合のいい展開も微笑ましいエピソードも残念ながらなく。
「メシはよ!」といつもと何ら変わらない態度で接してくれていて、それがむしろ救いというか。
4ニャンたちはうながいなくなった事実に気づいていないみたいにいつも通りなので、否応なく平常運転に戻されることで傷心を癒してくれているような、日々少しずつ勝手に慰められている、そんな状況です。
まだまだそばにいてほしかったなぁ、ってしんみりする瞬間もあるけど。
虹の橋で、はると会えたかな。

昔みたいに2匹がくっついて寝てたり、仲良く遊んでたらいいな。


こうしてブログにご報告するにあたり、うなちゃんの写真を引き取った子猫時代から遡ってしみじみ見返していたんだけど、ホントにうなちゃんは美人だ(親バカ)
そういえば、火葬前に少しだけ体毛を切り取って、形見として手元に残しています。
はるの時には『遺毛』という発想がなく、何も残していないことが後になってとても悔やまれたので。
遺毛入れはまだ用意してないから、ひとまずペーパータオルで包んで保管してます。
ごめんね、うなちゃん。早めに用意するね。

